何が本当に「無駄」かは、案外わからないものです。

お客様と分別作業(=要る、要らないを分ける作業)をしていると、
「これ、何かに使えませんかね~。」と聞かれることがよくあります。

多いのは、キレイな箱や缶
特定の目的を達成するための商品ではなく、
副産物的なものであったり、中間素材的なもの。

使おうと思えば使えるし、
「必要は発明の母」とは真逆の発想で、
無理矢理必要性を考えなければならないパターンです。

基本的に「これ、何かに使えませんかね~。」というパターンは、
片づけのセオリーから言えばNGであることが多いと思います。

なぜなら、もともと使う目的がない、
使う意志が明確でないモノを持つことは、
場所代が無駄考える時間が無駄、と考えられるからです。

「不要=捨てる」ではないんですけれども、
さすがに空き箱や空き缶をもらってくれる人を探したり、
リサイクルショップに持ち込むというのも現実的ではなく、
それこそそういうふうに処分方法を考えるほうが
時間の無駄となってしまいます。

しかしお客様は、
「まだ使えるはずなのに捨てるなんてもったいない。」
と考えるわけですね。
同じ「無駄」でも、観点がまったく違うのです。

ですから私の場合、「これ、何かに使えませんかね~。」と聞かれたら、
逆に「何か使えそうな方法はありますか?」と聞きます。

全然答えになっていないように思われるでしょうけれども、
片づけている最中であれば、
「そうそう、ここの仕切りに使えるかな?」
というふうに答えが出てくることもありますし、
まったく思い浮かばないこともあります。

答えが思い浮かばない場合で、それが作業の序盤であれば
状況によっては「とりあえず置いておく」という選択肢もアリです。
しかし片付け作業の終盤であれば、
ほぼ間違いなくお客様自身が「要らないですよね(笑)」と言います

片づけ作業というのは、本気でやれば、
見えるモノと見えないモノすべての棚卸ができる作業です。

何が、どれくらいあるか分かってくる作業であり、
自分にとって何が必要か不要か、
自分がどういう人間かということが分かる作業です。

だから私は安易に「答え」を言いませんし、
そもそも最初から「私が思う答え」を言ったところで、
お客様のほうはそれを受け入れられません。

自分で考える習慣を身に付け、様々なことに気付けば、
自然と質問の内容や答えが変わってくるのです。

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