「片付けるぞ!」という決意は無駄です

「今週中に、リビングを片付けるぞ!」・・・・
そういった目標を立てる方が結構いらっしゃるように思いますが、
もし私の前にそんな方がいらっしゃったら、一言、
「およしなさい」と言います。
今の風潮ですかね。
頑張って、頑張って、無理して、目的を達成する。
それが自己啓発の本やセミナーでは当たり前のように
言われていますが、私はあまり好きになれません。
もちろん、それが合う人が世の中の1/3程度いらっしゃることは知っています。
だからそれで良いという人はそうしてもらったほうが良いと思います。
でももし、それに限界を感じている人がいたら、
「片付ける」という目標を持つことはしばらくやめてもらいたいのです。
私がセミナーの際などにいつも言っていることなのですが、
片付ける目的は、時間、作業、場所の3つの効率化、
もっと平たく言うと、「楽して得するために」片付けるんです。
言い替えるとつまり、
片付けは手段であって目的ではないということ。
人間の脳というのは本当に良く出来ていまして、
「快」と感じることは自然に出来るのですが、
「不快」ということは脳がストップをかけにきます。
もしあなたが片付けそのものが好きであれば問題ないのですが、
逆に片付けること自体が「不快」であれば、
脳が拒絶反応を示し、行動を制止していまうのです。
これは人間本来の防衛反応ですから、仕方ありません。
勉強がキライというのも同じことです。
(禁煙も同じです)
ですから、「片付けは手段に過ぎない」と理解し、
「片付けると家中がスムーズに回って好きなことが出来るはず!」、
「スッキリ片付けて、素敵なソファーを買うんだぁ♪」などと
頭の中に「快」のイメージを強く思い浮かべながら片付けると、
強い意志で「片付けるぞ!!」なんて思わなくても、
自然と片付けることが出来るんですよね~。
こういう話もあります。
以前から「片付けないといけないなぁ~」とは思っていたけれども
全然片付けられないまま何年も経ってしまったAさん。
あるとき、子供が「家に友達を呼びたい」と言って大泣きして、
それで今度こそ片付けようと決意されたそうです。
そのときイメージしたのは、
このままだとまた泣いてしまう我が子の姿だったのか、
片付けることで喜んでくれる我が子の姿だったのか、
私には分からないことなのですが、
いずれにしても、今のままより片付いた将来のほうが
「快」だったんだろうと思います。
私事で恐縮ですが、思い起こせば、
私の大学受験も同じ脳の原理を利用していたんだと思います。
嫌いな授業(基本的に全教科ですがたらーっ)は聞かずに、
家で自分が楽しめる方法で勉強してました。
また、大学に入ったらあれがしたい、これがしたい、
ということがたくさんありました。
家庭教師をさせていただいていたときに、勉強嫌いな子がいてまして、
その子は数学の問題となると完全に頭がフリーズしてしまい、
「100×0.7=?」という問題には答えられないんですが、
「100円の七掛けは?」と聞くと「70円!」と即答できる、
本当は頭の良い子でした。
そんな彼は、学校にはよく遅刻し、全然勉強もしませんでしたが、
あるとき、「茶髪にしたいんやけど、怒られるかな~?」と言い出しました。
私は、「それは怒られるやろ。でも大学に行ったら出来るで?」と言うと、
すごく目を輝かせて、大学の話を聞いてくれまして、
それから少しずつですが、勉強に身が入るようになってきました。
その後、彼が大学に行ったのかどうかは分からないのですが、
彼のマンションのそばを通る度にその当時を思い出します・・・。
・・・・という余談はさておき、そういうことです。
「片付けるぞ!!」という目標は要りません。
その代わり、片付けることで得られる対価を強くイメージして欲しいのです。
でも、本当に欲しいもの、必要なことでないと意味がありませんよ。
そうでないと、脳は片付けないことで得られる「快」を優先しますから・・・。

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